ピアノといえばまず鍵盤が目につきます。ピアノをはじめ、オルガン、チェンバロ、クラヴィコード、アコーディオン、大正琴、等々
鍵盤を持つ楽器を総称して鍵盤楽器と言います。しかし、それぞれの楽器の鍵盤の役割は異なります。
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例えば、クラヴィコードは鍵盤を梃子にして、先についている釘(タンジェント)で弦を突き上げます(Fig.1,Fig.2)。
更に鍵盤を押し下げると、弦は持ち上がり、張力が上がるので、音程も上がります。つまり、押さえ方で音程が変えられることから、
慣れると純正調の和音を出すことも可能です。非常に単純ながらデリケートな楽器なのです。鍵盤を細かく揺するとビブラートもかかります。
鍵盤の先が直接弦に触れているため、鍵盤の動きそのものがヴァイオリンや琴の左手と同じく弦に表情を与えることが出来るのです。
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同じ鍵盤でも、オルガンやアコーディオンは空気の入る容器の蓋を開閉するスイッチです。
音量の変化は空気の量と笛を囲っている蓋の開閉で行います。また、音栓(ストップ)の組み合わせで音色や音量の変化を作ります。
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次に、チェンバロはやはり、鍵盤の先端にジャックという横向きのツメのついた棒を立て、弦の間を上下させます(Fig.3)。
弦を引っかくツメの深さは一定(0.2~0.3mm)ですから(Fig.4)、鍵盤を押さえる速度が変わっても音量は変わりません。
従って音量や音色の変化は手元の音栓(或いはペダル)で、鳴らす弦を選ぶことによって生じます。
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さて、ピアノは前回少し触れましたが、鍵盤の奥に複雑な梃子を組み合わせたアクションがあります。
ハンマーを動かすまでに4段階の梃子を使うと書きましたが、更にそれに消音するためのダンパーレバーが1つプラスされます。
梃子の端に当たるハンマーの動きは、最初に指から力が与えられる鍵盤の動きの4.5倍から5倍になります。
しかし、これはあくまでも鍵盤の手前、先端を基準にした関係で、当然、鍵盤の手前と奥とでは、鍵盤の支点からの比率によって、その倍率も変わってきます。ハンマーはクラヴィコードのタンジェントのように、弦に当たったままでは音になりません。
弦の手前で、突き上げているジャックから離れ惰性で飛んでいき(アフタータッチ)、
弦に当たったハンマーははね返されバックチェックで受け止められます。鍵盤はまだ押さえたままですから、
ダンパー(音を止める装置)は弦から離れており、弦はそのまま振動を続けます(次第に減衰していきますが)。
ここで、押さえた鍵盤を少しずつ元に戻していきます。約半分くらい戻ったところでダンパーが弦に触れ振動を止めます(Fig.5 , Fig.6)。
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この一連のカラクリは実に見事なものです。
1709年に初めてチェンバロにハンマーをつけたイタリア人のクリストフォリが考案した方式をもとに、
イギリスで発達した突き上げ方式と、ドイツ人が考案したはね上げ方式(ウィーン方式)がありました。
ウィーン方式は間もなくすたれてイギリス方式が残りますが、更にフランス人が改良を加え、現在の形に定着しました。
今から約100年余り前のことです。浜松の楽器博物館へ行けば模型があるので、その歴史や方式を一目で見る事が出来ます。
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鍵盤の深さは10ミリ±0.5ミリ、押し下げ重さ50グラム±5グラム、戻る重さ25グラム±5グラムを基準として現在のピアノは作られています。
しかし、数値的には同じであるのに楽器によって色々とタッチに差があるのはなぜでしょう。原因はいくつか考えられます。
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一番大きな原因は音から来る感覚です。つまり、音量や音色がそのままタッチにつながるのです。
例えば、調律を済ませた後、タッチが軽くなったとか弾きやすくなったと言われる場合があります。
調律と整音を行っただけでタッチは一切調整していないのです。「鍵盤を締めて下さったのですね」という表現をされることがあります。
鍵盤を締める??締めるところなんてありません。
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暗い音、鳴りの悪い音の時は重く感じるのです。音が狂うとタッチまで狂った感じがするのです。
よく響く部屋、そしてピアノの蓋の開閉でもタッチの感じが変わります。
ヘッドフォンで弾き慣れると、普通のピアノを弾いた時は随分戸惑うそうです。
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或るピアニストが「コンクリートフロアーじゃなく、ラバーフロアーでなければいけない」という表現をしました。
つまりゴツゴツ或いはコトコトとした感じのタッチとフワーとした感じのことを指しているようです。
これはまさに、先ほど述べたいくつかの梃子の組み合わせのタイミングの調整によるものです。
アフタータッチにしても鍵盤の深さにしても一応の基準はあるのですが、わずかな違いが、0.1ミリの紙の厚さ
(鍵盤の深さはフェルトの下の紙の厚さで調整します)やいくつかのスプリングの強さ、摩擦係数の違いでも生じます。
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特にグランドピアノの場合は、ハンマーの重さが直接、鍵盤の重さに関わってくるので、
新しいときと擦り減って小さくなった場合は影響が大きいのです。
また、擦り減ったハンマーを交換する時は、なるべく元のハンマーに近い規格のものを使わなくてはなりません
(ピアノの規格やメーカーによってそれぞれ異なります)。高価なハンマーをつけたからといって必ずしも良い結果になるとは限らないのです。
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アクションは鍵盤1個に対して6ヶ所から7ヶ所の抵抗個所があり、更に1本から4本のスプリングが付いています。
それらの抵抗個所にはすべてフェルトや鹿皮等が使われており、また、滑りを良くするために黒鉛等が塗ってあります。
しかし、塗り加減が大切です。滑り過ぎるのも良くありません。使っているうちにバラツキの出るのは仕方のないことです。
指を高く上げ、腕を使って勢いよく弾く場合と、軽く指の第3関節だけ使って弾く場合、或いは手首を使って10ミリの距離を感じながら弾く場合、
鍵盤の上半分だけを使ったり、下半分或いはもっと細かく弾き分ける場合には、抵抗が問題になってきます。
ppからffまで正確に対応するためには、ある程度余裕を持たせる部分が必要なのです。
この先は、メーカーの考え方、ピアニストの音楽観の違い、或いは体力やその人の性格、クセ等によって見解が色々あって良いのです。
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更に必要な条件として、グリッサンドが出来なければいけません。指が痛くて出来ないのは、調整か設計が悪いのです。
もう一つ、トリルや連打がしやすいことが必要です。これはアップライトとグランドの場合多少違いがあります。
先に述べたように、イギリス式アクションにリピティション・レバーを加えることをフランスのエラール社が開発しました。
それをダブル・アクションと呼びます。それ以前の方式をシングル・アクションと呼びます。
アップライトは今もシングル・アクションなのですが、連打が出来るように各メーカーが色々工夫をこらした時代がありました。
今は一部のメーカーを除いて、方式は各社統一しています。アップライトはリピティション・レバーがないため、
グランドに比べて連打がやりにくいという点がないとは言えません。
但し、スタインウェイはアップライトでもグランドと同じように鍵盤の下半分で連打が出来ます。
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ついでながら、小さな子供のためにと、鍵盤の幅を狭めたり、軽くするということは、現在のピアノのアクションの仕組みを変えないと出来ません。
随分以前にウィーンのピアニストのバドゥラ・スコダが鍵盤の幅を何ミリが狭めるともっと良いピアニストが出て来るはずだと言ったとか。