最近話題になった話から気になる点を幾つか取り上げ私なりの考えを述べてみたいと思います。
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ピアノの音は鍵盤を押える速度で音量が決まるので猫が弾いても人間が弾いてもその鍵盤から出てくる音は同じなのだ、と言う話は間違いではありません。
鍵盤の降りる速度によって音量が変るので元々の名前がフォルテピアノと言います。
別名ハンマークラヴィーアとも言います。弦をフェルトのハンマーで叩くからです。
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問題は速度の違いで音量だけではなく音色も変る所で議論が分かれるのです。
仮に猫が鍵盤に向かって高い所から飛び降りた時と、床から飛び上がった時とは音色は違うはずです
電子楽器との根本的な違いは音色の変化なのです。
メーカーの差は音色の差なのです。
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その音色の差はどうして生まれるのでしょう。
一番大きな違いは打弦点なのです。
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ハンマーで弦を叩く位置(点)が弦の全長の何分の1かに拠って倍音(分数音)が変ってきます。
例えば弦の全長の真ん中(2分の1)の所を叩くとオクターブ高い音が出ます。出ると言っても原音が消えるわけではありません。
原音の上に乗っかるように鳴っていて、それが音色として感じるのです。
では、3分の1は?4分の1は?・・・・これは簡単に計算できる世界です
ピアノの場合8分の1の所を叩くのを原則としています。理由は簡単ですが紙上で説明するのは大変なので割愛しますが、
ヴァイオリンもギターも太鼓も、理屈は同じです。
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つまり、叩く位置によって倍音の出方が変るという事は、打弦点を少しずらす事に拠って出てくる倍音が変るので音色が変るということです。
ヴァイオリンの場合、弾いている弓の位置を見れば判ります。
鋭い音を出す時は駒の近くを弾きますし柔らかい音を出す時は駒から離れた所を弾きます。
ピアノの場合は打弦点が固定されていて、演奏者が途中で変える事はできません。
それは設計の段階で決められる事であって、設計者の音の趣味が一番現れるところです。
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高い倍音(硬くて鋭い音)を求める人は打原点が8分の1よりも9分の1に近くなります。
極端な例では、チェンバロのナザールという音詮が有りますが、つまり鼻声の事です。
とても鋭い音色です。私の知っているピアノでは日本製のクロイツェルピアノがそうです。
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8分の1より7分の1に近くすると弦楽器の音がしますが音量も下がります。
ドイツ製のブリュートナーがそうです。しかし7,7分の1の所を叩くブリュートナーの音量は他のどのメーカーにも負けません。
一言で言うとオーケストラの響きです。それが当にメーカーの特徴なのです。設計で見事にカバーしております。
因みに、最高音は、12分の1か24分の1の所を叩くように設定します。
それは倍音を強調させる為です。
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他に倍音を強調させるための工夫が各メーカーでなされております。
ヤマハが取り入れている方式は最近スタインウェイを真似たものです。最近といっても40年位前の話です。
最近はベヒシュタインも、ベーゼンドルファーも採用しております。
ベヒシュタインやベーゼンがスタインウェイの真似を始めたのは10年位前の話です。
創始者のポリシーは無くなりました。
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もう一つの有名な方式はブリュートナーのアリコート方式です。
これは、大変理に適った方式ですが、大変な手間とお金が掛かる割にはそれほどの効果が得られないということで、採用するメーカーはありません。
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ここで一つことわっておかなければならない大事な話が有ります。
ブリュートナー方式は高音3オクターブ程に4本目の弦を張ってオクターブ高く或いは同音程に合わせ共振させ、
スタインウェイ方式は鳴らした音の振動が駒を超えていった振動をオクターブなり5度音程に響くように細工されているのですが、
何れにせよそれ程正確なものではありません。
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むしろ調律師にとっては耳障りで慣れるのに暫く時間がかかります。当に雑音です。
かといって、それを止めてしまって調律をすると実に面白くない音になってしまいます。
つまり、近くで聞くと耳障りな音でも少し離れて聞くとそれが音色になるのです。
直接音か間接音の差とも言えます。
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一部の調律師の間で、アリコート調律といって、倍音を強調する向きが有りますが、
例えば「ミ」の音を弾いていて5度上の「シ」の音が聞こえると「なんでやねん」となります。
キッチリ合い過ぎるとそうなるのです。それには、原音がしっかり鳴ることが前提です。
原音が鳴らなくて倍音の方が強調されるのを、理論倒れと言います。
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次に音色に関して問題になる所は、弦の材質と張力です。
単純に言えば張力が低いと音量も低く弦の響きがして、高いと音量は上がり管の響きに近くなります。
此処で言う弦の響きとか管の響きと言うのは、一般でよく言われる音の立ち上がりを言います。
つまり反応の速さと音の大きさと言うより太さでしょうか・・・。
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因みにベーゼンのセミナーで聞いた話では、ベーゼンは叩かれてからその音量のマックスに至る時間は0,3秒位と聞きましたが
「えらく時間が掛かるんだ、やはり時間差と言うのはあるんだ」0,3秒が0,2秒でも大した問題ではありませんが・・・・
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又、材質が音色にかなり大きな影響を与えているのは事実です。
その一つが弦です。
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ヴァイオリンもハープも本来はガット弦と言って羊の腸で作られた(騎馬民族は身近な動物を利用して色々なものを作ったのですね、
気持ち悪いけど・・・)弦を張って鳴らしていたのですが、何時の頃からか、クラシックギター以外はスチール弦やナイロン弦を使うようになりました。
ガット弦は断線しやすいのと音量が小さいからだと言うのです。
(それでもガットに拘るヴァイオリニストやハーピストは時々居られます。)
最近は演奏者がより目立つ為に鋭い音で大きな音を求めるようになりました。迫力迫力と言うのは困ったものです。
(一部、古楽器を見直す傾向もこの所出てきておりますが)
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私の所ではピアノ線はドイツのレスローワイヤーを使います、長い歴史を持っているからです。
ピアノ線には現在のピアノの規格に合ったハイテンション用とフォルテピアノの時代に使われていたローテンション用を使っていますが、
ローテンションは甘い音がするが切れやすいということです。
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私は1864年製のエラールに使用しましたが10年経っても断線しておりません。
これも、間違った先入観から来る風評でしょう。その他に中間でしょうか,もう一種類有るようですが、誰に聞いても教えてくれません。
(今はドイツと雖も歴史を重んじる技術者が居なくなりました)
弦は長さと音程に応じて太さ(重さ)が変ってきます。有る程度の基準は有りますがメーカーによって様々です。
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弦の長さはピアノの大きさによってある程度決まります。但し最高音のC(88鍵目)の弦長は小型のピアノであれ一番大きなフルコンであれ
50ミリ前後と変りませんが弦の太さは弦番号12番(0,725ミリ)から14.5番(0,85ミリ)まで5段階の差が有ります。
張力の差にして凡そ25キロ程違います。
標準は50ミリの長さに13番(0,775ミリ)です。
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低音弦はメーカーによって更に差が有ります。
(今はそれを失くそうとしています。安く創る為の合理化です。画一化です。)
低音弦はピアノの大きさによって長さは変ってきます。
グランドピアノでも奥行き130センチ(蛙と呼ばれている)からファツィオリのフルコン(308センチ)とは倍以上の長さに差が有りますが、
出す音程は同じなのです。
それを重さで調節します。つまり、弦に銅線を2重にも3重にも巻きつけるのです。
その太さの差は小型のピアノと大型のピアノのでは最低音A(一鍵目)で3ミリ前後太さが違います。
大型の方が細い弦をつかうのですよ。何でも大型が大きいのではないのです。
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低音弦は材質も問題ですがそれ以上に問題なのは加工テクニックです。
日本人がレスローワイヤーにデーゲンの銅線を使って加工しても、ドイツで加工して貰った様な、
つややかで伸びの有る音は出ないのです。それは何故なのか。
造っている人に耳が無いのと、基本的な知識が無いのだと思います。
それはドイツへ行っても教えてくれません。そういう世界なのです。
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話は反れますが、整音(voicing)一つとってもそうなのです。
整音している所を見ていると「向こうへ行け」とか「君は一ヶ月もそこでそうしているのかね」と言われたそうです。
何故かといえば、それを教えると「自分の仕事が無くなるから」と言うのです。
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私には良い音の出る巻き方に、或る考えが有ります、それを日本で巻き線を加工している人に進言したのですが機械に問題が有るのと、
意味が理解されず相手にされませんでしたならば、自分でやれば良いのですが、
場所と設備と維持費が高く掛かりすぎて、採算が合わないのと、又周囲から趣味だ馬鹿だとなじられるだけで、今の所踏み切れません
所詮この世界で理想を追い求める事自体ボランティアの側面を持っていますから、しかし、いずれはやりたいと思っているのですが、
それは跡継ぎの息子の問題です。
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もう一つ音色に関しての問題点は張力が弱い場合、強く叩くと弦が乱振動を起こします。
ひずんだ音とは人間の声に例えるとダミ声の事です。相手を威嚇する時等に使います。
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張力は低い方が高次倍音が少なくて耳には優しく響くのですが、それには弦の振動を増幅させる響板がよく鳴ると言うのが前提条件なのです。
(その点で日本のピアノはどのメーカーも鳴らないのです)
響板と書きましたが楽器の構造を言葉で説明する時に一番問題になるのが漢字なのです。
SOUND BOARDと言いますが直訳すると音響板で間違いではありません。
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しかし、我々は普通響板と言ったり響鳴板と言ったりしておりますが、構造の解っている間では何の疑いもなく使っていた言葉が、
皆さんにはとんでもない誤解を生んでいた事が先日判ったのです。
つまり、響板を共板、響鳴を共鳴と書くと、やや意味が変ってきます。
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その一つ、グランドピアノの蓋を共鳴板と思っておられる方が意外に多いのです。あれは、反射板なのです。
弦の振動をサウンドボードで増幅し反射板(蓋)で客席に飛ばしているのです。
蓋を閉めるというのは、お客さんに全ての音(細かい倍音)を聞かせないようにすることです。
ピアノの蓋を閉めた時と開けた時の差は、写真のカラーとモノクロの違いがあると表現した方がおられます。
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よく、伴奏の時に半開きにしたりする人が居ますが演奏者が自分の音を聞いて欲しくないのでしょうか、
共演者に対する遠慮なのでしょうか、それとも思いやりなのでしょうか。
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次に音色を決めるのはハンマーの材質とウッドの形状です。
ハンマーは木にフェルトを巻きつけたものですが、巻きつけるフェルトの硬さによって音の硬さが変るのは容易に想像できます。
今は傾向として反応の良い硬い音が好まれ、声を限りに金切り声で叫ぶのが上手なピアニストとされています。
つまりピアノは“鋼鉄の響き”とされているようです。
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数年前に私の知り合いの調律師が鋼鉄のバネで支えるインシュレター(足の下に敷くお皿)を開発しました。
確かにその効果は目覚しいもので、強烈な金属音で無節操に鳴り響きます。
それに飛びついたのがヤマハとスタインウェイだと言うのです。
3万円は安い、6万円取れば良いと誰かが言ったとか・・・
有ろう事か、既に日本とアメリカで特許を取り現在欧州で特許申請中だと言うはなし。
それは昔私達の若い頃の事、目覚まし時計が無くては朝が起きられない時に、二つ三つと用意してもそれでも起きられない場合、金だらい(金属で出来た洗面器)の上に時計を置いて音量を上げたものなのです。つまり発想の元は其処に有るのです。
どうも音楽とは全く無関係の話のようですが・・・
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そこでフェルトの巻き方で、硬さが変ります。最近はといっても3・40年くらい前からでしょうか硬いハンマーが好まれるようになり、中にはそれでも飽き足らず更に硬化剤を塗っている調律師がいます。其処まで来るとフェルトの意味を成しておりません。
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前にも申しましたがベートーヴェンのフォルテピアノ時代のピアノは皮を貼っていたのですが、皮は部位によって硬さが異なります。
つまり音色を聞きながら皮を張り替えたと聞いております。
ところが、加工技術が発展して、強い力でフェルトを巻きつける事が出来るようになってからは、細い針でフェルトをほぐす事により、音色や音量を自由に変えることが出来る様になりました。これを整音(voicing)といいます。
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もう一つ音量と音質に関して重要な事は、打弦点の所で申さねばいけなかったのですが、ハンマーが弦に当たる角度と軌道です。
ハンマーが弦に当たった時弦に与える力が最大でなければいけません。
例えば、野球やテニス等でも分りますが、ボールがラケットやバットの芯に当たった時とそうでない時の音が違いますね。
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ピアノの場合はハンマーが弦に対して真正面から直角にヒットする様にバットフレンジに薄い紙を貼り、暖めたシャンクこてで調節するのですが、
大方はメーカーでやりますが、パーフェクトではありません。
又使っているうちに湿度の変化を受けシャンクが曲がってきたりする事もあるのです。
それらの二つの仕事は調律の後、整音と言う作業で必ずしなければならない事なのです。
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更に音色と言うより音に表情を持たせるのに整調という作業が有ります。
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以前にも書きましたが、ピアノのアクションは鍵盤を含め四組の梃子の組み合わせで成り立っています。其処には4箇所の接点があるということです。
鍵盤を押えた時それは重さと感じます。
ピアニストにとって一番問題になるところです。つまり人によって軽いと言う人と重いと言う反対の意見に別れるのです。
これも紙上では書ききれないので割愛します。
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良い音楽を聞かせれば牛はお乳がよく出るとか、植物もよく育つとか、お酒も芳潤な味になるとか、良い影響を与える話はよく聞きます。
(音波によるマッサージ効果なのでしょうか)
何れにせよ我々生身の生き物としての自然における生理的な限界が有り、それを超えると保身の為に防御反応が起きるのでしょう。
それが長時間或いは大量に受けると処理しきれなくなってからだの中にストレスとなってたまっていくのではないでしょうか。
以前にも書きましたが、人間の耳は人間の声に一番良く反応するように創られている筈です。
音量も音域も音色も身の安全を守る器官として、重要な役割を負っています。
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昔読んだ「ハンター」という本に、こんな事が書かれていました。
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“ライオンに追われてテントの中へ逃げ込んだのですが、ライオンもその中へ飛び込んできた時
彼女がキャー!!と叫ぶとライオンが驚いて逃げていった”というのです。
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その悲鳴はライオンにとって強烈なダメージを与えたようです。
悲鳴は最後の武器だったのですね。
つまり、音は我々動物にとって如何に心理的な影響が大きいかと言うことだと思います。