前項でピアノの調律は如何にも曖昧な世界であるかということが少し分って頂けたのではないかと思います。
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実際の所、音楽的、或いは芸術的というのは複雑な表情をもつ音色こそが大事なのであって、それを如何に音楽的に合わせられるかが
プロの腕前になるのです。プロを任ずる以上、その前に高度な音楽的センスを要求されます。
人間にとって良い音とは限りなく正しい音程を持つ無機的な電子音ではない筈です。
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今回は、完璧を目指した、フランスのエラールと言うピアノに付いてお話します。
ベートーヴェンを初めリスト、ショパン、グリーグ、そして当然乍、母国のドビュッシーやラベルまでが、そのピアノから名曲を生み出している事が
どんな意味を持つかと言う事を知らねばなりません。
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1777年に第一号を作ってから百年、業界のトップとして君臨してきた証しとして、当時のピアニストの代表であるコルトーや
パデレフスキーなどの名を上げることが出来ます。
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20世紀に入ってそれがスタインウェイに取って代わられるのですが、その理由は様々です。
後ほど、上手く表現できれば試みたいと思いますが・・・・
今やピアノは鋼鉄の響きのするものと思われています。
「エラールが廃れたのは、木に拘りすぎたからだ」と言われた方が居られます。
木に拘っているメーカーは外国のメーカー全てで、鉄に拘っているのは日本だけです。
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少し話しが、ずれますがピアノの良し悪しを語るとき、異口同音、音量を求めます。
確かに、楽器店に何台か並んでいるピアノを順番に弾いていて、耳にしっかり響かないピアノが有れば
「なんや、このピアノ鳴らへん」といって、敬遠されるでしょう。その時の、基準は如何に耳にはっきり知覚できるかの度合いなのです。
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それは、必ずしも音量ではないのです。つまり、音質が硬いか柔らかいか、なのです。
最近は、録音技師がピアニストや調律師に弾き方や調律の仕方に注文を付けると聞きます。
ピアノが「鋼鉄の響きだ」といったのも、ホロヴィッツのフォルティシモのCDなど電気を通して聞いた方たちが言い出したのに違い有りません。
確かにホロヴィッツは、ショパンのポロネーズや、スクリヤービンのエチュード等で時折破壊的な音を出します。
しかしそれだけが彼の身上では決して無いでしょうし、実際生演奏を聞きましたが、CDで聞く電気音とは全く違います。
ピアノの響板は、オーディオのスピーカーに相当します。
つまりピアノの響板とスピーカーの大きさと材質を比べた時、どんなにあがいても同じ質量の音を求めるのは物理的に不可能なのです。
(ピアノに限らず)
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オーディオの世界は、それはそれで本物に似せるのではなく、本物以上の良い音を求めて開発をするべきだと思うのです。
(電子ピアノとか、エレクトーンはその限りでは有りませんが)
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ホロヴィッツを言うなら私は寧ろシューマンのトロイメライに見るピアニシモこそ、彼ならではの妙技と感じます。
そのピアニシモこそオーディオでは再現不可能なのです。
しかし、最近の日本のピアノの音に対する傾向を見ると、キャスターの下にばねで作られたものとか、鉄板を挟み込んだ敷き台などが流行っています。
つまり、ハッキリした輪郭が欲しいのでしょう。言葉で言えば活舌をはっきりさせる事。
時々テレビで聞く黒柳徹子さんの如何にもメリハリの効いた喋り口は、当に「立て板に水」を思わせるものでした。
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ピアノの音も、良く「立ち上がり」を問題にされる方が居ます。昔から言われる「打てば響く」ということでしょうか。
確かに一つの考え方、感じ方には違い有りません。
特に日本のジャズピアニストにとっては反応が良くてお気に入りのようです。
又、コンクール用の弾き方にも向いているようです。
クラシック音楽は多くの側面を持っています。多くの種類の楽器を駆使して表現します。
ピアノも同じ音色である必要はないと思っています。色んな音のするピアノが有って良いと思います。
例えば2台、3台のピアノで合わせる場合、同じメーカーのピアノを使うのが常識とされています。
何故でしょう、メーカーによって音色が違ってこそ合わせる意味が有るのではないでしょうか。
パバロッティが三人並んで歌うよりもドミンゴやホセ・カレラス等が混ざるほうが、より美しくカラフルになるではありませんか。
そこに、お互いの対話も生まれて来ようというものです。
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さて、本論に戻ります。
昨年の8月末にびわ湖ホールのロビーに据え付けた当方のエラールピアノの評判が日に日に高まっております。
このピアノは今から10年程前に京都市内のある業者から私が譲り受けた物です。
1927年製エクストラベース付き90鍵、2・6メートルのフルコンサートピアノです。
私にとって、ピアノは出会いと思っています。
82年間様々な運命に翻弄され満身創痍になって、わが工房に辿りついたという訳です。
「果たして、元はどうなっていたのだろう」。余りにも変わり果てた姿に、フランスに問い合わせても、まともな返事は返ってきません。
その筈です。今やフランスには巻き線一つ創る人も居ないというのです。
仕方なくドイツにお願いして作ってもらいましたが、本来のフランスの音ではないのです。
(これはピアノを直した者だけが解る世界です。マニアックな言い方をして御免なさい)
中音弦の太さの割り振りも普通では有りません。
つまり、本来のエラールの音とは少し違うと思います。
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おりしも、先輩が同じエラール社のフルコンのアクションだけ持ち帰り直していました。
当方のとは違って平行弦のピアノです。
作曲家のモーリス・ラベルが好んで弾いていたピアノと同じ物です
紹介して貰って、弦の割り振りを調べようと御宅へ伺ったのですが、真っ黒に汚れて解りませんでした。亡くなったご先祖様のコレクションの一つですが、高価な壺や巻物の中に鎮座しておりました。宝くじにでも当れば買い取りたいのですが・・・
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事ほど左様に、私の世界は師匠が居りません。ピアノと対峙しながら200年前のエラールさんと問答するのです。それは楽しい経験でもあります。
その一端を披露いたしましょう。
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エラールが開発したと言われているリピテションレバー、つまり連打方式。
その装置は、その後アンリ エルツ(ドイツ名ではハインリッヒ ヘルツ)さんによって、改造されているようです。
(今の所ハッキリした証拠は有りませんが)
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但し、今使われているシステムは、どのメーカーもヘルツ方式なのです。
つまり、私達技術者はその方式に従った調整方法を習ってきました。
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この道50年を経て始めて出くわしたエラールピアノのタッチの調整に戸惑い、色々と試行錯誤を繰り返し5年が過ぎました。
エラールさんが開発したこのシステムは、ピアノの表現力を大幅に変えた革命的な発明なのです。
ところが、ヘルツさんによって?このシステムの一部、ネジの位置を変えることにより、タッチの性格が随分変ってしまいました。
結果、今のピアノは本来のエラールさんが開発した方式とはかなり性格の異なったタッチなのです。
つまり、弾き方、ひいては音楽の考え方まで変えてしまう程のものなのです。
ヘルツ方式はどうして生まれたのか、この説明を捜していますが見当たりません。
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或る本によると「アンリ・エルズ(ドイツ名はハインリッヒ・ヘルツ)は1803年ウィーンに生まれ1888年パリで死す。何よりも先ず優れたピアニストでパリ音楽院の教授だった。彼の楽器は世界中で持て囃され、アメリカにおける彼の演奏旅行の成功には特にあずかって力が有った。彼の楽器はエラールとプレイエルの楽器に競争する事ができたが、その時クレプファールと協同したことから苦杯をなめた結果、エルズは一人で自分の事業を主宰した」と書かれています。が、実際ヘルツのピアノに私は未だ触れておりません。
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我々の仲間では、ウィッペンのバネの方式を指してヘルツとシュワンダー方式と区別しておりますが、そうではなさそうです。
少し専門的になってしまい、実際の所、現物を前にしてお話しなければ解らない話ですが。
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びわ湖ホールにおけるロビーコンサートのピアノ開きの時500人もの観客の前で沼尻さんから質問を受けました
「このピアノで一番苦労なさったのはどの部分ですか?」
咄嗟の事で、何と言って良いのか、いろいろある中から皆さんに気付いて居られない中で一番分りやすい事として、弦の張力による本体の捻じれ(エラールに限った話では有りませんが)を直した話をしました。
まして、このピアノはエクストラベース付きで90鍵も有ります。
しかし、それよりも本当はタッチの違いを言うべきでした。
実の所それは大変な問題を含んでいて、下手に喋ると、返って誤解を招きかねません。
今ここで、私が言う事は、後に物議を醸す事でしょう。
何故なら、ともすれば結果において偉いピアニストを非難しかねないからです。
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そこで、面白い例を紹介いたしましょう。
今から二十数年前の事です。私の出入りしている私立の音楽高校でのことです。
ドイツ人の、ムスリンさんと言う名の女性ピアニストが公開レッスンをされました。
生徒二人と東芸出身の先生三人が、講堂で沢山の生徒の前でレッスンを受けたわけです。
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私が調律を担当した手前、同席しておりました。その中から印象に残った言葉の幾つか、
先ず最初に受講された生徒には「ヤマハのピアノはPと書いていてもPPで弾いてください」と仰いました。
次に受講された先生はショパンのスケルツォを弾かれました。
ムスリンさんは弾き終わった先生に「貴女は何方かのレコードを聞きましたか?」すると先生は小声で「ルビンシュタイン」と答えました。
すると「ルビンシュタインね、良いですが、彼はもっと音が澄んでいます」それから「もっと腕を使って弾きなさい」と言っていました。
通訳がどの程度言い当てているかが問題ですが、面白いのはその後です。
次に弾かれた先生は一生懸命腕を使ってラベルを弾かれました。
すると先生は、「ラベルはチェンバロを弾くように手首から先で弾きなさい」そして更に
「デコレーションケーキを思い浮かべなさい、其処には色々なものが乗っているでしょ思い浮かべるだけで音が変ります」と仰いました。
又、ペダルにも言及され「ペダルの話をすれば、明日の朝になります。ここで一言、半分にしてください」・・・ハーフペダルと言う意味でしょう。
つまり、無造作に踏みすぎて、音がにごるという意味なのです。
ラベルはチェンバロを弾くように手首から先で・・・という意味が解りませんでした。
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腕を使って・・・というのは、芯のある音を求めたのだと思うのです。
つまり、出すべき音を出して飽くまでも澄んだ音を求めたと思います。
しかし、ラベルの曲はチェンバロを弾く時のように・・・と言うのが分りません。
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チェンバロを製作している友達が、以前こう言っているのを思い出しました。
「チェンバロを弾くとピアノが上手くなる。チェンバロに比べピアノは如何に弾きやすいか・・。
チェンバロは、鍵盤から指を離さずに弾かないと、音がにごる」と言うのです。
つまり、衝撃音ではなく、艶のある音という意味なのです。
これは、チェンバロの音の出る仕組みがわからなければ理解できない話ですが、
事ほど左様に、タッチ一つとっても歴史的に検証する必要があるということかもしれません。
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ところで、実際元々エラールさんが開発した連打方式をヘルツさんがどの部分を何時どうして変えたのか?ということです。
これは、実際現物を前にして説明しなければ、言葉では無理です。
技術者なら、ある程度解るかもしれませんが、アクションの構造を知らないピアニストには無理です。
つまり、ドロップスクリューが現在はフレンジに付いていますが、エラールさんはシャンクにつけているのです。
結果はアフタータッチの感覚がまるで異なってきます。
エラール方式の方が下手な人でも連打はしやすいです。
ヘルツ方式の方は手ごたえが有ります
そこで、或るピアニストが仰っていたのを思い出します。「ピアニストは指先に耳があるのです」と。
コツコツと鍵盤のそこで感じるアフタータッチを指先から感じているのでしょうか、
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さて、ここからが本題です。
当工房に使い古されたエラールが入ったばかりの事。又別の或るピアニストが「このピアノはハーフタッチが出来るのですよ」
と連れて来たお友達に弾いて聞かせたのです。サラっと、下降音階を一回弾かれただけで、アッと言う間の事で良くわかりませんでしたので、
もう一度弾いてくださいとお願いしましたが弾いてくれませんでした。
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随分以前にも、マニアックな男の子が来てハーフタッチを口にしたことがあります。
つまり、鍵盤の上半分でサラッと撫でるようにして、ハープのような音を出すのかなァと思っていたのですが、
それを聞くと又別のピアニストは、「ピアノの鍵盤は上半分では鳴りませんよ」と言下に仰る。
私の持論として、グリッサンドは底まで引かないのだから、それが軽く出来るように調整すれば良いとばかり思って他人にも言い、
確か「よもやま話」にも書いたと思います。
ところが、エラールの調整を始めて、現行のアクションの調整では、リバウンドを起こしたり、ジャックが抜けなかったりと、
現行の規格に従った調整では駄目だと解ったのです。
古いピアノは皮が磨り減って複数の技術者が思い思いの調整をしているので、
元はどうであったのかは、しっかり構造を見極め作者の意図を推し量らねばなりません。
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一般にピアノの特徴を言う時は、決まって音量と音色を問題にしますが、メーカーによって異なるのは寧ろタッチなのです。